センスとは何でしょうか。
お茶もセンス、と言われます。
(そう言われても、という感じですが。)
昔、「センスは知識から始まる(水野学著)」という本を読んだ記憶があります。
でも内容は覚えていませんm(__)m
最近では、「センスの哲学(千葉雅也著)」という本を見かけたことがあります。
見かけたというか、電車の中で広告を見ました。
広告を見ただけです。哲学、というと難しそうで・・・・m(__)m
センス、って、そもそも定義が難しいですし、「センスがいい」「悪い」って、安易に言うのもちょっと憚られることではありますね。
ただ、お茶に限らず、どんな仕事でも趣味でも、センス・・・なのでしょう。
こんな話をして、自分のセンスを問われたくはないのですが(笑)、ただ、「センス」に関して、以前から私が思うところ2つありまして、、それらについて、僭越ではございますが(ほんと僭越ではございますが)、ここで書いてみたいと思います。
まず1つ目は、「センスが磨かれる」とすれば、それは、「皮膚感覚を伴った実体験を通じて」であるだろうということです。
頭で理解するだけではなく、「触覚」を伴った包括的な身体感覚の積み重ねによる、ということです。
理由はうまく説明できませんが、、、そう思うのです。
養老孟司先生も「脳より身体が先」とおっしゃっていました。通ずることがあるように思います。(エライ先生を引き合いに出したいだけやろというツッコミが聞こえます。)
次に2つ目ですが、センスとは、本来、「地球の営みに合致すること」を捉える感覚、だろうということです。
地球は生命体として完璧なバランスをとり、自然界はフラクタル構造で成り立っています。
そして、人間が美しいと思う自然界の造形パターンが無数に存在しています。
たとえば、雪の結晶や砂漠の砂紋、水や雲の流れ、木の枝や花 etc….自然そのものに、絶妙な芸術性があります。
地球の営みに合致するものは美しく、人間も自然の一部であることを考えれば、「センス」も、それに心地よく調和する要素だろうと思うのです。
1つ目も2つ目も、人間が本来もっている感覚、生命体としての当然の働きに過ぎないといえ、特別なことを言っているわけではないのですが。。。
(ただ、いろいろ便利な世の中なので、少なくとも、縄文時代に比べると、すでに人間のセンスは相当退化しているでしょう・・・。)
ところで、日本の豊かな自然風土を背景にした先人の知恵や美意識を、稽古を通じて体験していく茶道は、私が思う上記2つのセンスを養うには良い稽古事だと感じています。
もちろん、「養うには良い」と言っているだけで、お茶をしたら絶対センスが良くなる、なんてことは言えませんが・・・・・
なんだかふわっとした話になってしまいましたが・・・
とりあえず、私自身は、お弟子さん方々と、引き続き、茶の湯を通じてセンスを養っていきたいと思います(^^)
