東京国立博物館「大覚寺 〜百花繚乱 御所ゆかりの絵画〜」展に行ってきました。
大覚寺は、平安時代初期、嵯峨天皇(786~842)が、この地に離宮・嵯峨院を造営したことに始まり、空海(774~835)を宗祖とする真言宗のお寺です。
大沢の池の麓にあり、嵯峨の中でもとりわけ風光明媚、私も大好きな場所です。
展覧会では、大覚寺の襖絵や障子絵、歴代天皇の書や仏像など、密教美術の名品が拝見できました。
写真は基本的に撮れないので(撮れても良さがうまく伝わらない・・)、作品を具体的にご紹介できませんが、上の写真で天井から吊るされているのはもちろん複製で、下のガラスケースに襖が何枚も入っているのが見えると思いますが、こちらが展示物です。
今回、こういった襖や障子が、120面も、大覚寺から来ていたようです。
ところで、嵯峨菊、という菊があるのをご存知でしょうか。(お茶をやっている人には馴染みがあると思いますが)
展覧会に行って思い出したのです。
昔、大覚寺に行ったときに、ちょうどその時期で、雅なお花がお寺一面を彩っていた素敵な光景を。。。
ということで、こちらは(たぶん)いい感じの写真が残っていたので、ご紹介したいと思います。



ああ素敵^_^
嵯峨菊は、細い花びらがたくさんつく、それ自体は小ぶりなものです。ほっそり楚々とした、品格あふれる雅な雰囲気が、王朝貴族に愛されていたのでしょう。
国立歴史民族博物館HPの解説を引用しますと、
京都の嵯峨地方で嵯峨天皇のころから栽培されていたとの説もありますが、伊勢菊と同様江戸末期頃に品種が成立したと考えられます。2m近くまで伸ばす仕立て方は嵯峨菊独特で、皇居の殿上の回廊から観賞できるようにしたといわれています。明治時代になるまでは大覚寺のみで栽培され、門外不出でした。
なるほど、『皇居の殿上の回廊から鑑賞できるように』と解説されているように、私の写真からも、お寺の回廊に沿って背の高い嵯峨菊が鑑賞できるのが、ご確認いただけるかと思います。
明治時代になるまでは、大覚寺のみで栽培され「門外不出」だったんですねぇ。。。
でも今は大丈夫。私たち庶民も、楽しむことができます^ ^
美しい日本の文化、こんなふうに守られ伝えられていくのでしょう。
またいつか、できれば嵯峨菊の時期に、大覚寺にも再訪できればと思います。