暑い盛り、8月9日(長崎に原爆が投下された日)、以前より行きたかった、長野県上田市にある「無言館」に行って来ました。
無言館とは、戦没画学生慰霊美術館として、戦争中に画学生たちが描いた絵や、戦地から家族に送られた絵葉書(もちろんイラストは差出人である画学生が描いたもの)が展示されています。
設立の中心となったのは、水上勉氏の息子である窪島誠一郎氏(ご自身も作家)です。
上田駅からバスに乗り、山の中腹にあるバス停「無言館前」で下車。ここから5分ほど歩きます。
自問坂を登り、
到着。
館の前に、「記憶のパレット」という碑があります。学生たちの名前が刻まれています。
決して大きくはない美術館ですが、とても見応えある美術館です。
学生たちは、戦争中も、戦地においても、絵を描きたいと言う情熱に溢れていることがわかります。
そして、描かれた絵が、そもそもなぜ残っているか。その多くは、遺族の方が戦死した息子や兄弟の形見として必死に守ってきたからです。
描いた本人だけでなく、ご遺族の思いも詰まった作品たちなのです。
静謐な空間で、無念にも死んで行った若者のせつない叫びが聴こえて来るようです。
無言館については、私の駄文より、ぜひ、ここのホームページにある窪島館長の「ご挨拶」にある文章を読んで、理解していただければと思います。
無言館のある場所の一画には、「信濃デッサン館」という、これも窪島さん設立の、夭折の画家の作品を集めた美術館もあり、こちらも素晴らしいです。ただ、期間限定の公開のようです。私は今回、観ることができて本当に良かった。。。
また、こちらは無料公開されているのですが、とても小さな「檻の俳句館」という美術館もあります。
戦時中、戦争や軍国主義を批判した俳人の多くが投獄されました。彼らの犠牲と苦難を忘れないために、表現の自由を願って作られたものです。館長は、フランス出身の俳人であり学者であり、ここの館長である、マブソン青眼(せいがん)さん。
色々な句が、このように。
セミの声が鳴り響く、その隙間から、俳人たちの叫びが静かに迫り来るような、少し胸が締め付けられるような感覚でした。
無言館およびその周囲の美術館は、資金不足のようで、必ずしも年間を通して開館できていないようです。
でも、一度でいいから見て欲しい絵、訪れて欲しい場所、がここにあります。
是非、長野県が運営する等して、もっと多くの人に訪れてもらえるようにできないものか、切に願います。